自由とは、不自由とは。

先月お客様が立て続けに長めの髪をすっぱりカットしていて、みなさんシャープで綺麗になられていてなんだかすごく嬉しく思いました。長い髪には邪氣が溜まりやすく切ると厄落としになると言われているだけに、そういったことでも軽やかになったように見えました。

でもそれ以上に【自分の意思を貫いた】というところに新たな喜びを感じたのではないかなと思います。急に髪を切ったら周りの人はどう思うだろう、パートナーは長い髪の女性が好きだと言っているから切ると嫌がるかもしれない、今までと違うヘアスタイルに自分も皆も違和感を持ったらどうしよう、そんな氣持ちに負けず【私はこうしたい】という本音を採用できたことがあの笑顔に繋がっていると私は思っています。

だってね、軽やかなの!←何度も言いますが笑

そして、またその短めのスタイルが似合っているのです。照れながら褒め言葉を受け入れる様子も素直で美しいなと思うわけです。人はこういう小さな決断を繰り返して晴れやかになっていくのです。

でも、他人から見れば些細な選択であったとしても、本人には大きなパラダイムシフトなんですよね。そして「自由になりたい」と言っている人ほど、この些細な決断に躊躇しています。何かが足枷になっているわけですが、実はこれ、自らがはめています。

自由かどうかは、自分で決めることができます。逆を言えば、不自由だと感じている人は不自由であることを決定しています。自由というのは上に書いた【本音を採用する】ということ。つまりそれを採用しない時点で不自由が確定するわけです。

本質を言えば人はそもそも自由です。

不自由でいることも自由のひとつです。どんな自分でいるのかもすべて自由。いまの自分はすでに自由なんです。

じゃ、どうする?

道は自由に選べます。どこへ進みますか?♪

《参考記事》図解:パラレルワールドと引き寄せの関係。

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