水引に見る、暗黙のルール。

おはようございます。今日は約1年ぶりの胃カメラです。前回もなんとなく胃もたれするなーと思って胃腸科へ行き、帰ったらスッキリしているという。メンタルに左右される私です。笑 そういえばOLの頃は毎日のように胃薬飲んでたなぁ。懐かしい。

水引に見る、日本人の心

さて、みなさん、水引ってご存知ですか?ご祝儀袋にかけてある、紙でできた紐のようなものです。色んな形の水引細工を見かけますよね。

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上の写真、左右で形が違うでしょ?左は“あわじ結び”、右は“蝶結び”です。実は、この締め方には意味があるんですよね。

込められた想い

あわじ結びは、紅白の水引をそれぞれ引っ張っても解けません。結び目はよりきつく締まっていきます。それに対して蝶結びは両方を引っ張ると解けます。ですから、結婚など【1度きりであってほしいお祝い】にはあわじ結びを、入学など【何度もあっていいお祝い】には蝶結びを用います。

なんとも日本的ですよね、こういう感覚。含みを持たせる感じも、遊び心があるというか。その一方で、私には呪縛とも思えたんですよ。笑 ところどころに“教訓”を忍ばせてくる感じ。見えない縛りを入れてくる感じ。

時代は変わってるぞ

自分が離婚を経験したからというだけではなく、根本を疑ってもいいのでは?と思うんです。「どうして、結婚は1度きりがいいの?」って。別に何度だってしていいものだし、我慢し続ける結婚生活より、最適なパートナーとの暮らしを選ぶ方がよーっぽど幸せじゃない?【添い遂げる美学】が日本人から自由を奪っている氣がします。

熟年離婚だって増えてるしね。あれぞ「耐え忍ぶ」という価値感だと思うなぁ。「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」みたいな。ちょっと表現が不謹慎でしたか。

苦行が好きな日本人

乗り越えてこそ認められる、乗り越えてこそ絆が深まる…というように、何かを乗り越えるということが行動のベースになってませんか?努力とは苦手を克服することである、そういう価値感が根深く浸透してる。えぇ、もれなく私もそうでした。

でも、本来の努力は、楽しいことをより楽しく、得意なことをより得意にしていくものじゃないだろうか。合わない人とうまく暮らしていくことよりも、もっと自分らしく生きられる環境や相手を見つけるために、そのエネルギーを使う方がいい。努力は人生を豊かにしてくれるものであり、努力を努力と思わないくらいがベストな状態。

想いはスルーしてよし

想いを重いものとして担う必要はない。日本の文化や伝統は美しい。でも、刷り込まれたそれらに従って生きなくてもいいでしょう。失礼な言い方をすると、もう死んじゃった人たちが決めたことだからね。どうせなら未来の自分と相談したいよね。これからどう生きるかの方が大事だもの。自分の幸せを優先するっきゃない。

あ、そうだ、私これから結婚式のご祝儀は蝶結びで持っていこうかしら。うーん、その勇氣はないな。笑 一応こんな私も、2度目があるなんて思ってなかったしね!ははは

でも水引は綺麗だよね

というわけで、水引から考えた日本人マインドの話でした。とはいえ、水引細工は美しい。実は私も挑戦したことがあるんですが、これが結構難しいんですよ。もっとスイスイ結べるようになりたいな。また練習してみよう。ではでは、みなさま、今日も佳き1日を~。

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