選択子なしは人間の極み。

おはようございます。今朝は昨日とは一転して快晴です。うん、清々しい。朝からインスタライブをするのも慣れてきて、私のルーティンとなりました。

子なしの生活

コロナで自粛モードになり、仕事の状況が変わった方もおられると思います。個人事業で仕事はさほど変わらないけど、家族の生活が変わった人も。特に子を持つママさんは、仕事にも生きづらい上に、四六時中こどもと一緒の暮らしとなり、疲弊しているパターンが多くみられますね。

どうやら私は呑氣に「お家を楽しもう」とか言っていたようです。それも間違いではないのだけれど、彼女たちの味わっている不安や不満や疲れは、私には実感のないものです。そんな今この状況で少し思ったのです。「子供いなくてよかった」って。

子なしを選択すること

子供は絶対に欲しくない、そう思っていたわけではありません。でも、すごく欲しいとも思いませんでした。結婚したら子供を産むもの、という考えもありません。若かりし頃は自分が母親になったらどんなだろう?と想像もしてみましたが、あまりイメージが湧かないというのも正直なところでした。

結局、私の中には、「母にならない自分」の方が強く存在していたのかもしれません。

子なしを選択するということは、動物としての本能を人間の意思が上回ったということじゃないだろうか。つまり人間の極みだなぁと思うのです。(極み=最上級という意味では使っていません)

本能も世間体も捨てている

子供はいらないと言うと「どうして?」と理由を聞かれるのに、子供が欲しいという人には「どうして?」なんて尋ねませんよね?それが不思議で夫に聞いてみたら「子供が欲しいっていうのは本能だからじゃない?」という答えが返ってきました。

そうか、子孫を残すという動物としての営みが人間にも携わっていて、本能的に「子供が欲しい」という感覚を生み出すのか。あとは少しの「人並な人生」という価値感が加わっているようにも思います。

オンナとして子供を産まないでいいのか?夫婦として親にならなくていいのか?かけがえのない存在と言われている子供を育てなくていいのか?

そんな風に、動物としての機能を使わないことや、人としての幸せ(と言われていること)を味わわないまま死ぬことは、いつだってマイノリティだ。選択子なしでも、そういう世間の声を疎ましく思っている人もいるんだと知りました。

私は、子なしを選択した自分を、本能も世間体も捨てたのだなと思ったけれど、そもそも備わってないのかもしれない。苦笑

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