察してよ、の行き場。

先日お客様と、やはり女性は「察してよ」と相手に求めてしまう節があるよね、という会話になった。まぁ私なんかはこの「察してよ」が変な方向に働いて【無言のコントロール】をやっていたのだけど。

こうして欲しい、こんな反応が欲しい、そういう欲求を声に出さずにじっと観察するか、あるいは態度で氣付かせようとする。そして、望む結果にならない場合は腹を立てる。理不尽の極み。笑

なのに。なのによ。

女性は言葉を求める。「付き合ってほしい」とか「結婚してください」とか「愛してる」とか。「好きなんだからわざわざ言うことないだろ」と言われても「それでも言ってよ!」と欲しがる。これまた理不尽。爆笑

察してよ、というのは結局のところ【私を理解しろ】という意味を持っているんだろうな。しかも【お前の方から歩み寄れ】というメッセージを込めて。愛情という土俵でイニシアチブをとりたいということか、なるほど。

欲求を伝えることは遜ることではない。そもそもパートナーとの間に上下関係などない。伝え合うことのできる関係って素晴らしいじゃない。お互いが素直に表現できるってまさに愛と信頼の上に成り立つ関係だものね。

だから「察してよ」という感情が湧いたとき、それは相手の愛を疑っているのかもしれない。愛される存在ではないと自分を信じていないのかもしれない。

もし「察してよ」な氣分になったらまず自分で自分に声をかけよう。パートナーから欲しい言葉を自分でかけてみる。ありがとうとか、愛してるよとか。そこで一呼吸おいて相手に話す。実はこんな氣持ちになっちゃって、くらいなら言えるんじゃない?

私は褒めて欲しい時は「褒めてー」と言います。欲しいものは自分で取りに行くスタンスです。笑

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