自分に嘘をつくとは?

「自分に嘘をつかず、自分らしく生きよう!」

そんな風に言われても、“自分に嘘をつく”ということが、何を指しているのかわからない。そんな人は多いんじゃないか?と思う。

「だって、自分を騙して生きているつもりもないし、人にだって嘘つかないのに自分にどうやって嘘をつくの?ただ、自分らしく生きたいとは思っているし、そのために“自分への嘘”をやめるべきだと言われたら、もしかしたら私も知らず知らずのうちに、自分に嘘をついているのかもしれない。どうしよう。どうすれば氣づけるの?」

と、あと少しで“自分らしさ”が見えてきそうな、女性の心の声を代弁してみました。

みんなそれぞれ真剣に生きていて、一所懸命だし、真面目。嘘をつく人って、どこかユルくて、どこかズルくて、だらしない人じゃないの? みたいに、自分とは違うって思いますしね。

私が思う“自分に嘘をつく”とは、違和感に慣れてしまうこと。慢性疲労ならぬ、慢性違和感。常に「どこか違うけど、まいっか」な選択をしがちで、それは「相手が喜ぶから」とか「ここで意見するとややこしくなるから」とか、自分という存在を1歩後ろへ下げて、「どーぞどーぞ」とやってしまうこと。

でもそれは一方で【思いやり】と呼ばれることもあるし【氣が効く人】という印象を作ることもある。だからやめられないんだよね。なんらかのメリットはあるわけで。ところが、慢性的に違和感をスルーしていると、あるとき「あれ?私ってどんな人間だったっけ?」となる。

人にとってのベストを選択する癖がついて、自分にとってのベストがわからなくなるからだ。さて、自分がどんな考えを大事にしていて、どんなことが好きで、どんな状態だと心地いいかが、麻痺してわからなくなる。あるいは、なんとなくわかっていても選べなくなる。

「本当にこの選択でいいのかな?」と、誰かに正解を求めてしまう。

“自分に嘘をつく”と表現すると、すごく罪深いことのように受け取れるけど、“他人ファースト”と書くと、もう少しポップかしら?笑 優先順位が自分より他人にある。人はそれを「他人軸で生きている」と言うし、みんな「自分軸で生きたい」とも言っている。

でも、そもそもは、自分を守るためにやってたことなんだと思う。自己防衛が続いて、その技に磨きがかかってしまったんだよ。優しさのひとつではあるから、まずはそんな自分を責めずに、「今までみんなを喜ばせてきた自分、サイコー!」「でも、これからは自分を喜ばせることに時間もお金も使っちゃうね!」とスタンスを変えちゃえばいい。

一氣にガラリと変える必要はなくて(できる人はやったらいいと思う!)、他人優先、自分優先の割合を徐々に自分側に移してくればいい。それも“自分に嘘のない生き方”だと私は思う。ちょっとの勇氣で変えられるところから、手を付けたらいいんじゃないかな。

自分に嘘をつかないために、「あ、なんか嫌」と感じた時の「あ」を無視しないことを心がけてみよう。最初は「あ」に氣づくだけでいいから。嘘を拾ってあげよう。そうするうちに、拾った嘘をちゃんと処理できるようになる。そしたら、その嘘を相手に渡さなくてもよくなるからね。

「あ」を大切に。

ばーい。

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