忖度しすぎるでない。

忖度(そんたく)
他人の心情を推し量ること、また、推し量って相手に配慮することである 。

もともとは書いてそのままの意味だったのだろうけど、いつしがネガティブな意味合いになってますね。いや、古い昔から何か権力と絡んだネガティブな意味を持つ言葉だったのかもしれないな。笑

いい意味で使えば思いやり、ちょっと含みのある言い方で忖度ってところでしょうか。人間関係に振り回されがちな人って、この思いやりと忖度のボーダーラインぎりぎりのところで相手に配慮しているように見える。

でもこれは所謂【空氣をよむ】にも通じていることで、忖度する人は空氣がよめるし、自分でもそう思っている。だからこそ、空氣のよめない人に対して腹が立つし、空氣を読んでいる自分をちゃんと見て欲しいと思っている。

私、忖度しましたけど?(ドヤ)

という空氣を醸し出す。でも、ほら、そもそも相手は空氣をよめないんだから、そのドヤ感は伝わらないよね。ははは

これって恋愛でも往々にして起きていて、相手が喜ぶと考えての思いやりが、そのうち感謝という見返りを求めるようになり、忖度アピールが始まる。もしくは相手が氣付くまで無言でアピールし続ける。

氣付かれたいけど簡単に氣付かれてしまっては文句の言いどころが無くなるから、ある程度時間を置いてから「あぁ、そういうことだったのか、ありがとう、ごめん」と言わせるように仕向ける。

そんなサイクル、幸せじゃなーい!鬱憤を晴らすために忖度&我慢のセットを使用するなんて可愛くなーい!素直で可愛げのある女性はそんなことしなーい!

苦しくなるくらいなら相手に配慮なんてしなくていいよ。もっと心に余裕ができてからでいい。余裕がない時に配慮したって「そんなの頼んだ覚えないけど」みたいな結末になることが多いしさ。それは忖度アピールが重いからだよ。笑

まずは自分優先、そして相手への配慮。この順番じゃないとお互いに幸せじゃない。恩の押し売りになっちゃう。くれぐれも、忖度しすぎるでないぞ。

忖度についてこちらの記事も面白かったのでどうぞ。

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