手放そうとしなくていい。

どうも、谷口佳奈子です。友人と年明けの話なんかするようになって、2019年の終わりを感じています。来年は今年以上に動き回りたいな。春頃、京都へ招致されているので、関西方面のみなさんとお会いしたい♪むふ

さて、人が何かモヤモヤしているときって、ネガティブな思考を抱えているか、自分を責めている時ですよね。いろんなところで、抑圧から解放されましょうとか、ネガティブな想いを手放しましょう、なんて言われてきました。もちろん、その通りだと思います。

でも、クローゼットの断捨離みたいに、「はい、じゃ今から、このモヤモヤを捨てちゃいまーす!」みたいにはできないわけで。簡単に手放すことができれば、苦労はしてないわけで。毎月生理が来るみたいに、定期的にモヤモヤがくるから、ズドーンとなるわけで。(ずっと重苦しい人も中にはいるけど)

「手放せるように自分と向き合います」と意氣込んだりもするんですが、手放そう手放そうと意識するほどに、それは「持っている」を強調していくわけです。「白いリンゴを想像“しないで”くださいね」なんて言われた瞬間、頭の中には白いリンゴが鎮座する。それと同じです。

手放そうとしなくていいです。手放すって、氣づいたらどっかいってたわ、くらいのノリなんで。別れた彼氏を忘れるみたいな感覚です。捨て去れるなら、いいですけど、そういう人はそもそも悩んだりしないだろうから。笑

時間がかかる人もいるだろうし、それを上回る喜びで、モヤモヤが消えていく人もいるでしょう。もし向き合うとすれば、それをどう手放すか?ではなく、今の自分が持っているもの(感情)の整理です。

昨日書いたように、あるものを認めないと消えていきません。

傷ついた自分や、欠けている自分、またはそんな自分について思うこと、を手放したいのであれば、傷ついてないという反対の意識を持つのではなくて、傷ついたことを吸収してしまうのです。全部、受け入れて溶かしてしまうのです。

どうして、理想から外れている自分を悪とするのでしょう。善も悪もない。ただの自分です。悪を手放して善にすることなど不可能。すべてを包括してこそ“自分”が存在します。

ネガティブを手放すためにポジティブに寄っていくのは、上澄みの世界で生きることになります。一旦潜って、そのネガティブをしっかり見ないとね。そして、混ぜて、溶かして、消えていくのよ。

ちょっと抽象的に書いちゃったけど、寂しさや悲しさ、そこから派生する罪悪感、自分への怒りは、ちゃんと受け入れてこそ手放せるものです。反発は強調に繋がるから。

だから、手放そうとしなくていいから、自分の心に寄り添ってみてね。そうしているうちに、「あれ?何がそんなに重くさせてたんだっけ?」という感覚になるよ。大丈夫。

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