女性性って?女らしさって?

一時期流行っていた“女性性”という言葉。開花させよう、解放しよう、なんて言われていましたね。子宮がどうとか、セックスがどうとか、生理がどうとか、女としての機能を愛でることで人生が拓けるといった方向だったでしょうか。

確かに現代の女性は古い時代と比べて、社会進出し、頭をめいっぱい使って、緊張状態の中働いている方も多いですから、女性としての悦びであったり、そもそもの【受け取る生き物】としての能力が低下傾向にあるのかもしれません。

女らしさって

私は小さい頃からカッコイイものが好きで赤やピンクよりも青、緑といった寒色系を好みました。スカートはあまり好きではなく(O脚なのもありますし)、痩せ型なので細いパンツスタイルで過ごしていることも多かった。外見からも自分を女らしいと思ったことは無く、どちらかと言えば男っぽいイキモノだったと思います。

でも心の中では女らしい見た目や振る舞いに憧れていたりして、憧れるほどに“自分の中には無いものだ”という思い込みも強くなりました。そうすると今度は女っぽさ全開の人に対する嫌悪感が生まれてきました。

湿った自撮りが嫌いだった

SNSの拡散とともに、起業女子の間では自撮りが流行り出しました。どこを見ても顔、顔、顔。中には女っぷり丸出しのグラビアのような写真もありました。それがどうしても見ていられなかったんです。女を売るなよ、みたいな氣持ちが湧いてくる。

でも、それは自分の中に無い(と思っている)ものだったから。実際は無いのではなくて【受け入れていない】だけなのですが。自分の女の部分を受け入れてなかったんです。女=弱さ、という方程式が成り立っていたということも原因のひとつです。

どうやって受け入れたのか?

自己改革を初めて、まず自分という存在を認められるようになりました。自分の良いところも嫌なところもまるっと全部含めての私、と受け入れらるようになったんです。そして「女らしいよね」と言ってくださった言葉を「いえいえそんな」と突き返すことなく肯定するようにしました。

女らしいはずがない、と思っていたのは自分だけで、実際はこれまで褒めてくださった方も多かったようなのです。なぜ覚えていないかというと、まるっきり受け取るキャパがなかったからです。自分で全く思っていないことは耳をスルーしていくもんですね。苦笑

女らしい私もいいじゃない

そうやって、女である私、女らしい私、女性性、といったものを受け入れることによって、先に書いた湿った自撮りへの嫌悪感が無くなったのには自分でも驚きました。まぁ、正直その方の美しさにもよるので見たくない写真もありますが、女っぷりを前に出している写真でも「へー」くらいにしか思わなくなりました。(自分も撮るかというと撮らないんだけど)

受け入れるっていうのは壁をなくすことだと思います。自分の中での壁はもちろん、誰かとの壁も消えていく。「女らしいですね」と言われて何か不自然な反応が起きてしまう人は、自分の中で女らしさの定義を確認してみるといいかもしれませんね。あとは、自分が女であるということを認めちゃう。

そうするとほわーっと緩んで、文字通り女らしさがお顔に出ます。表情が柔らかくなります。戦わなくて済むようになります。女らしさの復元方法と、女性性を大切にすることについては次回書くことにしますね。

アデュー。