友達の妊娠を喜べるようになった。

どうも、谷口佳奈子です。喜べるようになったなんて、どんだけ斜に構えていたんだってなタイトルですが、みなさんはどうですか?

なんでこんなこと書こうと思ったかと言うと、今日久々に会った友人から2人目の妊娠報告を聴いて迷うことなく「おめでとう」と言えたことに氣付いたんです。いや、これまでも迷うことはなくおめでとうとは言ってきましたけどね。でも、以前は報告を聴くと一瞬何かしらざわめくものが湧いてたんですよ。

そもそも私はあまり子供が好きではありません。どう接していいかわかんないし苦手分野です。笑 だから女友達が妊娠をすると、遊び相手が減ったなという感覚も生まれます。ネイルサロン時代もお子様連れはお断りしていましたし、子供が苦手な理由のひとつが「集中を削がれる」というところにあります。私というよりも連れているお母さんの意識がそちらに向かうことで話や作業が中断されることが苦手。

1回目の結婚は若かったですし、子供のことを夫婦で考えるということがありませんでした。3年前に再婚した当初は“流れに任せて”というスタンスだったので一応自分にも妊娠する可能性はあったわけで、そういう状況で友人から妊娠報告を受けると【自分と何が違うんだろう】なんて思ったりもしてたんですよね。子供が欲しいというよりは自分も妊娠という経験をしたい感覚の方が強かったんですが。

我が家では不妊治療をする選択はなかったし、そうまでして欲しいわけでもないから、夫と話して子供をもたない人生を生きることにしたんです。

そしたら、うちはうち、他所は他所、この区別がきちんとできるから友人が次々に妊娠しても「おー!おめでとう!」という氣持ちだけの純粋な祝福ができるようになりました。もちろん自分に子供がいたらどうだろうか?という想像をしなくもないんですが、まいっか、くらいの感じでスルーです。

私の中では様々なことに関して“グレーゾーン”のもの、どうなるかわからない未確定の事項が負担になります。だから決めてしまいたい。決めさえすれば楽になるので。もしかしたら多くの人はそうで、だから不妊治療って未確定が続くからしんどいんだろうなと思います。

女性は妊娠にしても年齢のことを考えたりしますし、焦りから友人の妊娠を素直に喜べない人もいるかと思います。子供を欲しい理由もそれぞれだとは思いますが、喜びを追い求めて自分を苦しめるのってなんだか寂しい感じもします。

自分に許せないことは人にも許せなくなります。自分に優しくなったら人にも優しくなれます。人のことであっても一緒に喜べるような心の器づくりをしていきたいものですね。日々とにかく楽しんでいきましょう!ふふふ

想いは重い、話すは放す、言えるは癒える。
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