愛ってなんじゃろ?自愛って?

どうも。最近早朝ウォーキングにハマっている谷口です。体重計で色々と数値が計れることを知り、体重計に乗るのも日々の楽しみになりそうです。

さて、夫とは毎夜お酒を飲みながら色んな話をしています。音楽や漫画について(この辺りは夫の得意分野で知識量が半端ない)、人の考え方や心理について、今のロシアや世界の歴史について、若い人や年配との違いとか、とにかく色々。

この間は過去の事件簿から、新興宗教に入信する人の心理状態やきっかけについても想像を巡らせて盛り上がりました。私は人の心の動きに興味があるし、夫は元教員なので親子の関係や大人と子供との関わり方、教育論について意見を交わすこと多いです。

そんな話の中で【愛情】【愛】について話が拡がった日がありました。

今の世の中、放っておくのは愛情が無いとみなされることが多いですよね。逆に手をかけることが愛情が深いと表現されることもある。

【愛】とは、どちらかというと加える(プラスする)ことであり、相手のために何か行動に移すことというイメージが一般的です。また、「愛してる」は「好き」の最上級として使われてもいますよね。

でも、私の中で【愛】というものの価値観は違うんだー。

そう夫に話し、私の考え方を伝えたら「スッと入った」と納得してました。

『愛とは尊重すること』

私はそう考えています。プラスの要素はあまりなく、私の中で、愛はニュートラルです。

(と、ここまで書いてブログを遡ったら前にも書いてた。ま、ブレてないってことですね。笑)

愛するという事は相手の生き方を尊重することだと思っているので、私はあらゆる人を愛していることになります。愛というものの中に好き嫌いは入っていません。それは別の感情として取り扱っています。(嫌いな人がいてもいいと思ってるし)

その考えをベースにすると【自愛=自分を尊重する】ということになります。

かつて”ご自愛”というワードが流行ったときに、「自分の機嫌は自分でとろう」「自分を甘やかそう」「自分を愛そう」と、欲しいものを買ったり、やたらと遊んでみる、みたいな行動パターンもセットで流行りましたよね。

でも、「ん?本当にこれでよかったの?」と結局満たされないままだったり、虚無感に襲われた人も少なくないはずです。

だって、それは自分を尊重したのとは違うから。方法論に引っ張られて、本当に自分が求めている状態や環境を整えたわけじゃなかったんですよね。そうして「自愛ってなんやねん」とより深みにはまって、、、みたいなね。

尊重するためには、しっかり意見を聞くことが必要ですよね。(もしくは全面的に信頼するか。)誰かを尊重するならその人の意見を、自分を尊重(ご自愛)するなら自分の意見を。ちゃんと耳を傾けて聞く。

本当に大事なのは目先の欲求を満たすことより、本心を理解して受け入れることですね。

夫婦、恋人、親子、あらゆる人間関係において尊重がベースにあれば、愛溢れる豊かな世界で暮らせると思いません?^^

私が夫に「愛してるよ」というとき、それは感謝の最上級かもしれません。

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